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7月

2018年07月14日
今日は、7月11日。
毎月11日以前に原稿をアップしたいと思って書いているのだが、今月はかなわなかった。
その理由は、今月西日本を襲った大雨による水害だ。
何がしかのひと段落が見られるまでは、書く気になれなかったのだ。
ぼくの友人も倉敷市真備町に住んでいて、被災していた。

7月7日、七夕、ぼくは山口県宇部市にいた。
宇部にプレーパークをつくりたい、市長判断で動き出したプロジェクトに参画しているのだ。
全4回のプレイワーク講座。
最終回は9月8日の本番、1日プレーパークの開催日なので、それを前提とした研修会は3回、その最後の日だった。
この日の数日前から九州、中国、四国、近畿は前代未聞の大雨に見舞われ、
新幹線をはじめとする電車はほとんど止まっており、実際にこの日の開催も危ぶまれていた。
そんな大雨真っただ中に突入するかのように羽田から宇部空港に入り、その日に返ってきたのだった。
空路だからできたことだった。
そしてその一報は、帰りの宇部空港でのテレビで知った。
町一面が巨大池と化したその映像の端に、確かに「倉敷市真備町」とある。
搭乗まで時間がなかったので、羽田に着いてからその友人に電話をした。
「避難してから現場には行ってないけど、テレビの映像で見る限り2階までやられていると思う。」
それは、ぼくにとっても衝撃だった。
被災地支援などで被災現場には何度も入ってきたが、友人がその被災者であったのは初めてだった。
その時点では、まだ雨は降り続いていた。
その雨がどうなるのか気をもんだが、ぼくの気持ちはその後にも及んでいた。
季節は夏。
水が引いた後、濡れて重くなった家具などを表に出し、一刻も早く泥をかきだし、
壁や基礎内部を洗浄しないと湿気であっという間にカビが付く。
下水も含め様々なものが混じった泥水は、感染症の原因ともなる。
その汚泥が渇き、粉じんとなって舞い上がることで、これも大きな健康被害を生む。
何と言っても、暑さだ。
その暑さをもろに受けながら、これらの事と闘わなくてはいけない。
その過酷さは、想像をはるかに超える。

今日は11日、東日本大震災の月命日。
毎月この日の14時46分に羽根木プレーパークに集まり、「ふるさと」を歌っている。
誰が来るのかは、行かないとわからない。
でも、今日もそこにいる人に呼びかけて、20人くらいで歌った。
今回は、東北だけでなく、西の方角にも黙とうをしてから。
できることは何かないかと自問しながら。


※管理人の都合で更新が遅れ、7/14に記事を上げています。


6月

2018年06月09日
「梅雨入り宣言」、なぜ気象庁はこれをするのか。
そんな問題がテレビでクイズになっていた。
答えは、「災害に備えるため」。
お笑い芸人が正答したが、なるほどね、と思った。

関東地方に梅雨入り宣言が出て3日後、台風5号が発生した。
予想コースに、低いながらも本州直撃の可能性を排除できないとあった。
幸い直撃しなかったとしても、梅雨前線を大いに刺激するという。
大雨に対して警戒を、という意味だ。
そうは言われても、実際大雨となったらそれを未然に防ぐことも逃げることもできない。
せいぜい、外に出ることの足止めを食う可能性を考えて食糧を備蓄するくらいだろう。

けれどよく考えると、台風を含め、数ある自然災害の中で天気だけは予測がまだ可能な方と言える。
以前より観測網・技術が発達し、いくらかは予測が可能となってきた噴火と地震だが、天気予報と比べれば雲泥の差だ。

その噴火だが、先月に触れたハワイのキラウエア火山に続き、グアテマラのフエゴ火山が大爆発を起こした。
死者99人、行方不明者190人以上というのが6月8日の現状だ。
写真を見ると、フエゴ火山は富士山のような円錐形でもっととがっている。
高さも富士山と同じくらいの3700メートルだ。
その先端から火柱が立ち、噴煙は1万メートルに達したという。
大きな火砕流が起き、街そのものがのみこまれ、完全に埋まっている家がたくさんあるらしい。
大雨も降り、捜索は難航しているというが、早く不明者が見つかることを祈るばかりだ。

キラウエア火山の最新ニュースは、ハワイ最大の淡水湖であるグリーン湖が溶岩で埋まり、完全に蒸発したとある。
そのニュースに触れ、グーグルマップでその距離を見た。
なんと50キロ強!
新宿を起点とすれば、湘南の茅ケ崎あたりまで流れたという事になる。
グリーン湖の大きさを見ると、100×80×60メートルくらいの丸みを帯びた三角形をしている。
最大水深は60メートルというから、それを埋め立てた溶岩の量は推して知るべしというところだ。

日本が抱える北方領土、竹島、尖閣諸島などの領土問題。
ロシアによるクリミア併合とかひとつの中国を宣言する中国と独立国家であると異論を唱える台湾。
旧イギリス領、フランス領、スペイン領等の国も、もとは領土を占領された国々だ。
こうした領土を区切る国境は、長い年月のうちに自然にプレートが動き合体し離散し、体をなさなくなる。
自然災害は、確かに人間の持つ時間の短さから見れば災害だが、
自然の持つ時間の長さから見たら「ただ節理のまま動いている」ことになる。
本当の災害は、領土問題などの、目先の経済効果にとらわれた人間が起こすものなのかもしれない。

5月

2018年05月11日
5月3日、ハワイ島キラウエア火山が噴火した。
気になって調べたら、結構頻繁に噴火し、その都度それなりの被害が出ていることを改めて知った。

ハワイ諸島は新しい火山列島だという事は知っていた。
年間で数センチ、日本列島に近づいていることも。
今噴火しているキラウエア火山の下にホットスポットがあり、プレートをぶち抜いて噴火する。
噴火が収まり長い年月のうちにプレートが日本側に動き、数万~数百万年後にまた噴火する。
そこに、新しい噴火から生まれる島がまたできる。
それを繰り返してハワイ諸島が生まれたのだと考えられている。
なので、諸島の日本側に行くほど島の年代は古く、風化にもあいそのうち海に沈んでしまう。
けれど、海の中にはその残骸である山の頂が点々と続いており、なんとそれは「天皇海山群」と呼ばれているそうだ。
歴代の天皇の名前が付けられているのだというが、由来は知らない。
ハワイ島は、海上に露出した火山としては諸島の中で最も新しいものだが、
新たな噴火口が日本と反対側の海の中にあるらしい。
いずれはそれが海上に露出し、ハワイ島は2番目に新しい島となるのだろう。

地割れが起き、そこかしこから溶岩が流れ出ているようだが、
キラウエア火山の噴火は日本の火山のように爆発的には起きないらしい。
なので、溶岩流に直近まで近づくことも可能で、それが観光資源ともなっている。
溶岩流は、女神ペレの気持ちの表れだと、ハワイの人は考えているのだそうだ。
なので、住宅に向かっていく溶岩の流れを変えたり、妨げたりすることは
その気持ちや意思に反することであり、とんでもないことだと考えているらしい。
地元の人は、結構さっぱり受け止めている感じのようすがニュースから見て取れる。
ここに、自然を制御の対象とするか、それとも受容しようとするかの世界観の違いが見て取れる。

東北を襲った津波。
その復興のために巨費を投じ、巨大な防潮堤を築きかさ上げ工事を行っている。
決して少なくない人たちは、そんなやり方ではなく、とにかく高台に逃げる道の整備や方法の確立を望んでいた。
前者が制御で、後者が受容の考え方だという事は、すぐにわかるだろう。
どちらがいいのか、それを十分に話し合う機会を持つことはあまりなかったように感じている。
予算を付けるためにはこの時までに返事をという期限が切られ、
申請しなければ予算は付かないという脅しとも感じられる中での決断だったという印象だ。

最大級の防潮堤があったからみな大丈夫だと思い、海が見えなかったがゆえに
それを超える津波が来て初めて現実を知り、手遅れとなった町があった。
自然は、いつだって人の発想を超える。
それを制御することが「文明」というものであるならば、そこには限界があることをもう気付いていい時だ。
ハワイの人々から学ぶべきことは、決して小さくはない。

4月

2018年04月12日
今日は11日。
「歌おう、ふるさと」との呼びかけからも7年以上たつが、今日も羽根木プレーパークでは「ふるさと」が歌われた。
ぼく自身は今日は行かれなかったが、いつも来るメンバーが来て、そこにいる人たちに呼びかけて歌ったと聞いた。
東北の方々との連帯を、という思いと、3月11日を忘れない、という思いと、
その両方からぼくが呼びかけたのが「歌おう、ふるさと」だった。
そのため、ぼくが直接参加する世田谷でのみ今でもこれが続いているのではないかと思っていたが、
実はそうではなかった。
前月の11日には山形にいたことを報告したが、東根市にある遊び場「あそびあランド」でも、まだ続いていたのだった。

事務局長の村山さんが呼びかける。
そこにいた人たちが輪をつくり、20人ほどで歌い上げた。
実際、福島の人を中心に多くの被災者を受け入れてきた山形県。
あそびあランドは誰でも来られるし、いちいち入園のために名前も書かないから、どこの誰かはわからないことも多い。
ひょっとすると、その歌を歌っている方の中にも
被災し避難してきた方もいらっしゃる可能性もないとは言えないその状況に、
ぼくの心は、実は少しざわめいていた。

帰還が始まった地域もあるが、除染が進まず、まだその予定が全く立たない地域がある。
「ウサギ追いしかの山 小ぶな釣りしかの川」
自分が育った、美しい故郷の風景。
初めて東北に入ったときの気持ちを思い出す。
「ここには、日本人の原風景がある」。
しかし、実際にはそう簡単には戻っては来ない「ふるさと」の現実。
そこに想いを馳せるという事は、その方たちにとってはどういうことを意味するのか。
おそらくは、同じく被災され避難した方でも、一人一人が違うのだろう。
それでも、外の人間では決して推し量ることができない何かを、その人たちは感じているのではないだろうか。
そう考えたとき、改めて「ふるさと」を歌うことの重みを感じた。

前にも触れたが、今はもう、決して忘れない、そのためだけに歌っている。
「そんなことはやめてください。私たちがどんな気持ちになるか、迷惑なのです。」
そうメッセージをくださった方のことは、ずっと忘れないできた。
その声を押しても歌ったことに対する重み。
改めて、それをかみしめることができた「あそびあランド」での時間だった。

3月

2018年03月15日
3月11日、7回目の命日を迎えた。
特別な思いで過ごされる方が相当にいらっしゃることを思うと、
この日を迎えることをどう言葉にしていいのか思わずひるんでしまう。
そんなことを考えていたら、今回この原稿は、その11日までに書くことができなかった。
けれど、おかげで、10日は福島、11,12日は山形と、いずれも東北で過ごすことができた。
今回は、その福島でのことを書こうと思う。

福島へは、「子どもが自然と遊ぶ楽校ネット」というところからの招聘で行った。
福島県下で、自然との触れ合いを推進する7団体が組んだネットワークだ。
そこが主催するシンポジウムの冒頭で、体力測定が、福島の子が全国ワースト1だったという報告があった。
測定すれば値が出るので、普通に考えればベストとワーストはどこであれ必ずあることになる。
けれど、福島がワーストだったことが原発事故による外遊びへの影響が原因だとすれば、これは特別な理由だと言える。

原発事故以降、外遊びは当然ながら厳しく禁じられた。
そのことによる、身体だけではなく心に関しても健康被害が出るのではないか。
その心配から、小児科医を中心にプロジェクトチームがつくられ、屋内でも十分に遊ぶことができるよう
郡山にペップキッズという大きな屋内遊戯施設がつくられた。
大きなボールプール、中に入って全身でコロコロ転がす透明なビニル製巨大ちくわのような遊具、
室内砂場、空気で膨らんだ道ではボヨンと一歩が大きく跳ね体が軽くなった感覚になる。
その他にもさまざまな遊具があり、屋内でこれだけの運動量を保障できることに驚くほどだ。
しかし、ペップキッズの生みの親の医師も、その屋内遊戯場を作ったボーネルンドの人も、
やはり屋内には限界があると話していた。
このネットワークは、その不足している屋外という環境をずっと大事にしてきたメンバーたちだ。

けれど、福島という地では、やはり親は外遊びの奨励には勇気がいるという。
服締めであっても、他と比べても線量が低いところはたくさんある。
逆に、福島以外でもホットスポット(局所的に線量が高い所)は近県にたくさんある。
そこに住む人たちは、もっと警戒が必要だと思うのに意外なほど気にかけていなかったりする。
また、これは福島に限ったことではないが、そもそも今の子の多くは外遊びをしない。
福島だから、むしろ外遊びがないことを意識し気にするのかもしれない。

「ふくしまっ子リフレッシュin世田谷」という取り組みが、世田谷では続いている。
年に2回、福島の親子を招待し、羽根木プレーパークで遊ぶことをメインに、様々なプログラムで楽しんでもらっている。
この3月30日から4月4日にかけてもやってくる。
「泥んこになることをこんなにも嬉しく安心してみていられる」そう言って涙ぐむ親も多いと聞く。
7年たったが、まだ決して始まっていないことがある。

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