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3月

2019年03月11日
「ふくしまっ子リフレッシュ㏌世田谷」という事業がある。
「福島の子どもたちと共に・世田谷の会」という、世田谷区内のさまざまな団体のネットワークが主催する事業だ。
2012年3月に始まり、震災より8年目に当たるこの3月で20回を数える。
3月は26日(火)から31日(日)がその招待日で、毎回のことだが、羽根木プレーパークにも29日(金)にやってくる。

羽根木プレーパークは子どもからは一番人気だそうで、泥んこになっても安心できると親からもとても好評だという。
とてもうれしい報告だ…が、これは8年を迎えてなお安心して外遊びができていないことの裏返しだということを忘れてはならない。

遊ぶことを通じて、子どもは傷ついた自分の心を自らケアする力を持っている。
今まで何度か触れてきたが、これを確信したのは阪神淡路大震災の時だった。
手作りのテーブルに乗り、数人でスクラムを組み、そして一斉に揺らしだす。
「震度1じゃ、2じゃ、3じゃ…」そして「震度7じゃ!!」と叫び、テーブルの脚を折る。
まるで家がつぶれるごとく、といった地震の再現遊び。
揺れを自分たちでコントロールすることで、全く理不尽で凶暴なその身に起きた出来事を、
何とかコントロール可能なものとして収めなおそうとしている。
この形で出るのか!という激しい動揺と共にそう確信したのだった。
そうした遊びを体現できる環境づくりやそのお手伝いを、これまで何度もしてきた。

「地震があってね、いやなことばっかりだったけどひとつだけいいことがあった」
こんな事態に直面してなおいいことって?と思い聞いた時
「学校も塾もみんななくなったでしょ。行かなくっていいから友達と遊べる」
友達と遊びたい、子どもだったら誰もが願う当たり前の想い。
その実現に、これほどの破壊が必要だということを知った時のぼくの衝撃。
「あの日以来、ずっと私の腕をつかんで離れなかったのに…」
初めて来た遊び場で、5歳の女の子が親から離れひとりで遊びだした時にお母さんはそうつぶやいで涙を流した。
「もう一度地震が来たらいいのに」
復興が進み、遊び場がなくなると思った小学生はそう漏らした。
初めての遊び場で
「生まれてきて今日が一番楽しい!」「生きてきた中で一番楽しい!」
そう叫んだ子どもたちが、いったい何人いただろうか。

8年がたち、東日本大震災を忘れてはならないと心に刻む。
けれど、「復興」はどのように進んでいるのだろうか。
そこに、子どもの目線は組み込まれているのだろうか。
また遊べない日常に、子どもは引き戻されてはいないだろうか。
忘れてはならないことのもうひとつの視点が、ここにある。