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5月

この連休に、気仙沼の遊び場あそびーばーに行ってきた。
まだ寒いだろうな、とは思っていたが、日が暮れ始めると思っていた以上に寒かった。
最も海岸に近いJRの駅で知られた大谷海岸は、道の駅となりにぎわっていたが、
その道の駅に更にお店が増えていた。
そこには近い将来防潮堤ができ、もちろんそれらの店は立ち退かなくてはならない。
その短い期間だけの開店だ。

復興市場と名付けられた、流されてしまった更地に作られたプレハブの商店街がいくつもある。
飲み屋、すし屋、美容室、お土産や・・・、さまざまなお店がある。
人を呼び込もうとさまざまな企画がされていたが、新たにできた復興市場のその場所に驚いた。
海岸からなんと10メートル、道一本だけを隔てた場所だった。
目の前は港。
しかも震災で地盤が沈んでいるので、陸の地面と海面の差がとても少ない。
そんな場所に復興市場が立っていた。

あれだけの災害に遭い、それでもなお海と生きる人々。
そこに建つ、10メートルを超える防潮堤。
海が見えなくなるだけでなく、おそらく海風もさえぎるので町の気温も変わるのだろう。
海と生きる人々の風景が、それ自体が一変してしまうのかもしれないと想像していた。
この風景は、見納めになるのかも知れないと。

遊び場の子どもたちは、すこぶる元気だった。
震災から半年ほど、NPOを支援するためのNPOの人が、あそびーばーを尋ねてきたことがあった。
その人は、被災地への支援活動にどのようなものがあり、
それをしている人たちにどういう支援をするとよりその支援活動が生かされるのかを調査していた。
その人が言った言葉。
「こんな明るい被災地、見たことない!」
それは、ぼくたちからすれば最高の褒め言葉だった。

けれど、実際はその当時、子どもの心は赤剝け、血がにじみあふれていた。
それは、子どもの関係にまともに現れた。
ひりひりとした、互いに傷つけそこに塩を擦り込み合うような関係。
見ていて、こちらが「痛い!」と感じる場面が日々繰り返された。
何もできることはない、ただ受け容れ受け止めること、それだけだった。
その子どもの関係が、本当に穏やかになっている。

子どもたちは、今後大きく移り変わるであろうふるさとの風景をどのように記憶するのだろう。
いくつになっても何かあったら帰って来たい、そう思える場であってほしい。
元気に遊ぶ姿を見て、思わずそんなことを考えていた。



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