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8月

うだるような暑さの日々が続いている。
東京は、前身にまとわり着くような空気感で、もはや亜熱帯だといわれるのも分る。

先日、被災地での遊び場づくりの取り組みの発表に、山形に行った。
少しは涼しいかと思ったが、陽射しは東京より強烈だった。
蒸発してしまうかと思うようなその印象を会場で話したら、
「福島はもっと強烈です」という声が即座に返ってきた。
「そうなのですか!」ぼくは思わずそう答えた。
南相馬の人たちのことが、瞬間頭をよぎった。
「夏休みは、自分たちで除染をしてでも外で遊び場を開く」
そう決めた人たちのことだ。

今年の4月以降、東北は遊び場づくりが熱い。
震災前には仙台市内で4つの団体が活動に取り組んでいたが、
実は東北での動きはそれだけで、ほかは全くの空白地帯だった。
それが、震災から1年を経て、急に遊び場づくりに取り組む団体が増えたのだ。
その数、今把握しているだけで24団体。
驚くべき発生数だといえる。
この中には、ぼくたちが手がけた気仙沼の遊び場も、もちろん入っている。
むしろそこを視察して、そして遊び場づくりを開始したところも多い。

しかし、被災地の復興は実はまだほとんど進んでいない。
見た目の瓦礫は確かに片付いたのだが(まだ片付いていないところもある)、
仕事がない、家をどこに建てたらいいのか、復興計画とのからみで決められないなど、
暮らしを支える基本がずたずたなままの人がとにかく多いのだ。
そんな中で遊び場に目を向ける大人が増えてきたということは、
それだけ子どもの我慢が限界に近づいていると感じてのことだったりもするのだろう。

7月28日には、陸前高田で遊び場がオープンした。
市の9割が被災したと言われている陸前高田。
行ってみたら、「奇跡の一本松」と呼ばれることの意味が、本当によく分かった。
この広大な土地全てが流されているのに、本当に一本だけそれは残っているのだ。
テレビでは何度も見ていたが、その流された土地の広大さがテレビでは決して伝わらないのだろう。
そんな場で、遊び場はつくられたのだった。
結果は、本当によかったらしい。
主催した若いお母さんが、
子どもにあぶないと言ってきたことがどれだけ子どもを抑えていたか実感した。
そうメールに書いてきた。

できないことに挑戦を繰り返してできるようになっていく子どもは、
次代を切り開く力を常に秘めている。
大人はその姿に触れ、今の困難を越えていく力を子どもからもらう。
今月中旬に訪れるかの地での活動が、今から楽しみだ。



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