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8月

2015年08月10日
暑い熱い夏が続いている。
35度以上の猛暑日が連続8日となり、東京の最高記録を更新し続けている。
強烈な熱波を受け、70年前に落とされた、2発の原爆のことを思った。

熱線にむけた皮膚はだらりと垂れ下がり、爪のところでかろうじてつながっていたと言う。
原爆の絵で見る、お化けのような格好で先端にたれたぼろ布のようなもの、あれが皮膚だ。
瞬時にして蒸発した人もいたそうだ。
石段に腰掛けていたであろうその人は、影だけを残して消え去った。
一体、どれだけの威力だと言うのだろう。

震災から5年目を迎えた今年は、第2次世界大戦から70年目にも当たる。
広島、長崎に原爆が投下され、敗戦を迎えたのが8月。
その8月に、まさに日本の未来を揺るがすであろう問題が一気に動き出そうとしている。
沖縄の普天間基地工事強行による沖縄の対立問題、川内原発の再稼動、安保関連法制…
沖縄は、戦争が背中合わせで現在進行形であることを示している。
原発は、核の廃絶など全く行う気がないことを示している。
そして、安保関連法制は、国家のための国民を再生産する入り口だ。

以前に一度だけ、どうしても行きたくて広島の原爆記念公園に行ったことがある。
そこにあった「原爆の子の像」。
2歳の時に被曝し、12歳の時の白血病で亡くなった禎子がモデルとなり、
禎子だけではない多くの子どもを思って建てられたと聞く。
そこには、こう銘記されている。
「これはぼくらの叫びです これは私たちの祈りです 世界に平和をきずくための」
まだまだ友達と遊びたかったであろう禎子と、たくさんの子どもたち。
大人が始めた戦争で奪われた、その数え切れないほどたくさんの、小さな命を思う。

実は、原爆の子の像では、とても悲しい思いをしたことを覚えている。
原爆の子の像は、とてもさびしかったのだ。
記念公園はきれいに整備され、子どもが遊ぶには全く不向きな公園だった。
子どもに対するまなざしが、ここにもないと感じた。
原爆の子の像が、原爆で焼かれた子どもたちの鎮魂の思いを込めたのだとしたら、
せめてその一角くらい、子どもの笑顔と歓声にあふれていてほしい。
その一角くらいは、子どもの遊び場にしてほしい。
そうせずに、記念の像だけ建てて「平和を」と言うのは、単なるシンボルに過ぎない。
子どもへのまなざしをもって、子どもへの贖罪の気持ちを持って…
大人にそういう視点があったのなら、原爆の子の像をそう見守る大人であふれていたなら、
この8月の大問題は避けられていたのではないかと、本気で思うのだ。