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9月

2011年09月09日
みなさま

ご無沙汰しています。
またまた1ヶ月ぶりという筆不精さですが、何とか続けたいと思う。
今月の11日で、被災から半年。
気仙沼の遊び場に行くたびに、町の景色が変わっていくのが分かる。
お店もずいぶん開店され、夜も明るいところが増えた。
それでも、被災前にはたくさんの家が並び多くの人々が暮らしていた場所は、
今でも灯りひとつなく、夜は闇と静寂に包まれている。
時折通る車の灯りとエンジン音が、かえってそれを際立たせる。
どんな町並みだったのだろうか、どんな人々がここには住んでいたのだろうか、どんな暮らしがここにはあったのだろうか、
静寂の中からそれを聞き取ろうとし、闇の中でそれを見ようとするのだけれど、悲しいほどに想像力が及ばない。
気仙沼の中でも最も北に位置する唐桑(からくわ)は、今もその惨状を残している。
コンビナートの油が流出し、津波の海面を火が覆い、建物や船に燃え移るという
信じがたい光景をニュースで見た方も多いと思うが、その地域だ。
徐々に重機が入ってきているが、おそらくかなり沈んだ地盤と引かない水、
今も漂う重油の臭いと水面に光る油膜の模様が感性も呼吸も苦しめる。
ここにも、数え切れない多くの暮らしがあった。

先日、このブログの管理をしてくれている女性が、以前のブログに対するコメントがあるのを発見し教えてくれた。
それは、8月14日にかかれたものだった。
「被災者です。津波でふるさとを失いました。
ふるさとを失った人の気持ち分かってますか?
あなた方のような方々が歌うこの歌を聴くたびに
嗚咽する避難所の人達の姿を見たことがありますか?
頼みます。迷惑なのでやめてください。」
やはり来た、そう思った。
ふるさとを歌おう、そう決める時に思った逡巡を思い出した。
これは被災者を勇気付けるのか、それとも傷付けるのか。
それがぼくにはわからなかった。
でも、ぼくの周りには、何かしたいけれど何もできずに立ち尽くしている人がたくさんいた。
それは今でもそうなのだと思う。
人が持つ力に「忘却」がある、そういう人がいる。
忘れるから今を生きていかれるのだと。
それはそうかもしれない。
でも、忘れてしまった時にそれはないものになってしまう。
被災者には、おそらく生々しく刻まれたままの記憶。
被災者がそれを忘れることで今を生きられるのであれば、それは必要なことなのだと思う。
けれど、おそらくそれは難しいのではないだろうか。
被災者が忘れられないのに、自分も含めもし世の中の多くの人が忘れてしまうとしたら・・・
ぼくは、ぼくたちが忘れることがあってはならないと思った。
ぼくは、ぼくたちにとってこそ、この企画が必要なのだと思った。
そして、その思いはより明確により強くなっている。

傷付いた人がいるとしたら、ぼくには謝るほか手がない。
ごめんなさい。
でも、ぼくたちが忘れないために、月に一度、この歌を歌うことを許してほしい。
さまざまに流れ行く日常では、被災した人たちのことを常に思い出すことはぼくには難しい。
だから意識して月に一度、悲しいほどに貧しい想像力ではあるのだけれど、それを総動員して心をこめて歌いたいのです。
お願いします。

今月11日は、日曜日になります。
世田谷区立羽根木公園の中央広場に行きます。
その場にいる見知らぬ人をお誘いすると、毎回どなたかが参加してくれます。
誘うのが上手な人がたくさんいるおかげでもありますが。