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7月

特定非営利活動法人日本冒険遊び場づくり協会の設置する、東北支援の拠点、『東北オフィス』。
復興庁や日本ユニセフ協会の援助を受け、ずっと活動を展開してきた。
あそびグッズ満載の、子どもの目をくぎ付けにする派手なデザインのプレーカー。
被災3県それぞれに担当の車が配置され、要望があればどこにでも行き即席の遊び場をつくってきた。
その任に当たるチームから、先日、これまでの活動と最近の東北の状況に関する報告があった。
その中で、ひときわ衝撃的な言葉を聞いた。
「もう一度、地震が来たらいいのに…」
そう話す子どもがいるのだという。

その子は、震災前は地域からいい目では見られていなかったのだそうだ。
学校に行かず引きこもりがちだったその子は、
地域性が残っている土地柄ゆえに、逆に地域での居場所を失っていたようだった。
それが、震災によってその日常が破壊されてしまった。
その子は引きこもっていることができなくなり、手伝いも行った。
震災後の混乱は、目に見える手伝いがいくらでもあった。
それが感謝され、地域から受け入れてもらえている実感が少しずつわいてきた。
しかし4年が過ぎ、撤去する瓦礫はなくなり、助け合わなければならない日々は去っていった。
失った日常は徐々に元に戻り始め、彼はまた、同じ疎外感に苛まれているのだという。

この話を聞いたとき、阪神淡路大震災で小学4年の男の子から聞いた話を思い出した。
それは、神戸市長田区につくった遊び場でのこと。
震災から1か月ほどたったときのことだったと記憶している。
「――ぼくね、地震があってひとつだけよかったことがあるんだ」
その言葉を聞いた瞬間の自分の気持ちを、今でも覚えている。
家がつぶれ、そして焼かれ、数えきれない人が亡くなっている。
これだけの大きな被害の中で「よかったこと」がある?いったい何が!
驚きとともに大きな困惑、それと少しの怒りも交じっていたようなあの気持ち。
けれど、そのぼくの気持ちは、その子の次の話を聞いて大きな悲しみとなった。
「全部壊れちゃったでしょ。学校も、塾も、習い事も稽古事も、全部なくなった。
みんなが行かなくていいから、だから友達と遊べるの。」

「友達と遊びたい」、子どもとしてはごくごく当たり前のその願い。
わずかそれだけの願いがかなうために、これほどまでの破壊が必要とは!
それほどまでに、子どもは囲い込まれ追い込まれている…!
そう思ったとたん、涙が出そうになった。

日常が戻るにつれてなくなっていく、子どもが遊ぶということへの関心。
大人たちは、震災前のように、効率と競争の海原に戻そうとしている。
それがいかにも「復興」だというように。
それで、いいはずがない。



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