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4月

4月に入った。
世の中は、新学期、新年度だ。
新しい学年を迎えた人、新しい学校に入った人、新しく社会に出た人、大勢いる。

大学入学時に震災が起き、入学が1ヶ月近く遅れた学年が、この3月に卒業した。
その中の一人が、アルバムにしたためぼくに次のような言葉を送ってくれた。
「あまのっち(ぼくのこと)に出会ったおかげでたくさんの子どもたち、
たくさんの仲間たちに出会うことができました。
あまのっちのおかげで、この4年間があったように思います。
これからも私らしく子どもにかかわって行きたいと思います。」

彼女は、気仙沼につくった「あそびーばー」に、年に何度も足を運んでいた。
ぼくが学生に「行け」と言ったことは一度もない。
ただ、授業で一度、震災後の子どもたちの話をしただけだった。
それなのに、彼女のように知らぬ間に現地に行く学生が、毎年なぜかひとりずついた。
ぼくとは行く時間が合わず、学生だけでいくことが多かった。
行った学生は押しなべて現地の評判がよく、
知らぬ間にぼくの株があがっていることもあった。
もちろん、逆もあったが。

振り返って考えると、そのことで彼女彼らと改まって話をすることもなかった。
聞かれたことには答えるが、
本人は自由意志で行っているわけだから、何も教師ぶる必要もないと感じていたからだ。
けれど、アルバムにしたためてくれた言葉を読むと、
もっと話しておけばよかったと、少しだけ後悔した。
彼女彼らは一体何を感じ、何を考えていたのか。
おそらく親しい人を誰か亡くしているあの土地の子どもたちと遊び、何を感じていたのか。
その子どもたちを見守るあの地域の大人たちに、何を見出していたのか。
片道6時間もかかるようなところに自分でお金をかけて、何で年に何度も足を運んだのか。

入学式が1ヶ月近く延びた。
それで、ぼくは気仙沼に遊び場をつくる時間が取ることができた。
その場所でこうした時間を過ごす学生がいたということは、単純にありがたいしうれしい。
話を聞かなくたって分ることは、
きっとこの体験は、彼女彼らに大きな思い出を残しただろうことだ。
人の力になれる自分がいたことを知り、感謝される喜びを実感し、
それでも逆に励まされることのほうが多かったであろう経験は、そうできるものではない。
生涯の財産を、きっと彼女彼らは手にして巣立ったのだと思う。
そして、彼女彼らは、決して東北を忘れはしないだろう。



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