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10月

先月は、僕が原稿の締め切りをすっかり失念してしまったことで空きが出てしまった。
ショックだった。
あれほど「忘れない」と自分に言い聞かせていたのに…。
気持ちを入れ替えていきたいと思います。

福島での、外遊びに向けた模索が次第に活発になってきている。
先日、日本ユニセフ協会の復興支援を協議する月例会に出たら、
岩手、宮城、福島各県のユニセフからも出席があった。
そこで、福島で新たにプレーカーを専用で持ち走らせたいのだという話が出た。
車の手配も済み、車体は今までのプレーカー同様ロコサトシさんに頼んだという。
来てもらって、イベントとして参加型で描いてもらう手はずとなっているのだそうだ。
もう、すっかり手配がすんでいたのだ。
けれど、難問が残されていた。
それに乗る、プレーワーカーだ。

プレーカーは確かに意表を突いた意匠で、見る人の目を一瞬にして奪う力を持っている。
積載しているキットも、プレーワーカーだった者が作っているだけあって、なかなか魅力的だ。
けれど、どれもがやはりモノなのだ。
それ自体は、飽きずに使えるというものではない。
けれど、ヒトは違う。
さまざまに反応し、対応する。
プレーワーカーは、子どもの遊び心を刺激し、引き出すことに力を発揮する。
プレーカーや遊びのキットは、そのきっかけに過ぎない。
つまり、プレーカーがあってもプレーワーカーがいなければ、その力を十分引き出せないのだ。
その、プレーワーカーの研修が、追いついていない。

プレーワーカーは、従来の大人(指導者)の子どもとの向き合い方とは一線を画している。
従来の大人(指導者)は、一歩前に立って「さあ、おいで」とするか、一歩後ろから「やってごらん」と押し出すか、
そのどちらかに分類できる。
しかし、プレーワーカーは、子どもの横に立つ感覚だ。
つまり、縦関係をとらないということだ。
この感覚が、一般の多くの大人には難しい。
大人として縦関係をとることが社会的に求められているからともいえるが、
自分の経験にそうした大人がいないということが最大の理由のように思える。
つまり、プレーワーカーは、大人とこどもとの関係のパラダイムシフト(常識の転換)といえるのだ。

こんな話をしに、だったらどうするかをともに考える場を持ちに、今度福島のユニセフに行く。
自分たちで子どもの問題を切り開いていこうとする人たちだ。
精一杯の応援をしたい。



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