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12月

師走。
今年もあっという間に年の瀬を迎えてしまった。
東北では、すでに雪の予報も出始めている。
すきま風の絶えない、結露だらけの仮設住宅は、今年も改善されることがないのだろうか。
帰れる目途が全く立たない放射線汚染区域の住民は、今年はどこで年を越すのだろうか。
そんなことはどこ吹く風、自分に追い風が吹けばそれでいいとばかりに総選挙が始まっている。

次々と乱立する新党。
都知事をしていた人が辞めてつくった太陽の党は、数週間で解党され維新となった。
「今日をもって、都知事を辞職する」
これだけで辞められるほど、実は彼の中では軽かった都知事というポストと都民。
この人にかかれば、太陽すらもお手軽なのだろう。
ひょっとしたら、自分は神様だと思っているのかもしれない。

大飯原発稼働にいち早く反応した、滋賀県の女性知事も新党を立ち上げた。
興味深く推移を見守っていたが、国民の生活第一と合流するのだという。
ここの党首は、浜岡原発を鶴の一声で止めた時の総理大臣を、
その総理と同じ党にいながら政敵と組んで引きずりおろした影の立役者だ。
首をかしげるのは、
原発を止めたその方針に反対したから総理を引きずりおろしたその人と、
大飯原発再稼働に強い不満を示した女性党首が同じ党になっていくその構図だ。
しかも、「卒原発」なのだという。

卒だろうが、脱だろうが、核のゴミはその間、蓄積され続ける。
そのゴミは、猛毒を放つ大変な危険物質として、数千年数万年と残されていく。
キリストが生まれ、西暦が始まってまだ2012年。
その何倍、何十倍もの時間を経なければ、その毒性は下がらない。
誰がそのゴミを管理し、その間確実に幾度も起きる大地震等から守れると約束できるのか。
国家すら永遠にあるものではないというのに。
私たちが未来の子どもに「確実に残してしまう」もの、それがこんなものであってはならない。

震災後の昨年4月下旬、気仙沼で開いた『あそびーばー』という名の遊び場。
この9月から、その運営を引き継いであたっている地元振興会の会長夫妻が、上京した。
世田谷で、地元の現状を報告してもらうため招いた。
会長のお連れ合いが、涙ながらにその時の子どものようすを話し、こう言った。
「子どもは、地域の宝です」
再度、かみしめるようにゆっくりと言う。
「子どもは、地域の宝です」
その優しい言霊に、聴きながら、思わず涙があふれてきた。
聴衆からもすすり泣く声が聞こえた。

子どもに本当に残したいもの、それがそこにあった。



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