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3月 5周年

「もう一度、津波が来たらいいのに」
仙台で、移動遊び場を運営する『冒険遊び場‐せんだい・みやぎネットワーク』。
そこで活動するプレーワーカー、しんぞー(斎藤信三)による復興支援活動報告会。
この言葉は、その報告の中で出てきた。
小学生のつぶやきに驚き、戸惑ったしんぞーは、「え、どうして?」と聞いたそうだ。
「だって、復興が進んだらしんぞーたちはもう来なくなるだろ。そしたら、この遊び場もなくなっちゃう」
一瞬、言葉を失ったのだという。
「いや、おれはずっと続けるつもりだけど・・・」
そう伝えたら、
「だったら、津波、来ないほうがいいや」
と答えた、という報告だった。

ネットワークは、震災よりずっと前から、海岸線近くに『海岸公園冒険広場(通称:ぼうひろ)』という遊び場を運営していた。
そこだけ高台となっていたために、一番高いところは津波を免れた。
けれど、周囲はすべて呑み込まれ、取り残されたメンバーは自衛隊のヘリで救出された。
震災以来遊び場は閉鎖され、今、復旧工事のただなかにある。
ネットワークのスタッフたちは、被災した子どもの心のケアを最重視し、仙台市内を巡回、移動型で遊び場を開設してきた。
冒頭の子どもの言葉は、そのうちのひとつの遊び場で聞かれた言葉だった。
復興が進みぼうひろが再開したら、そのスタッフたちはぼうひろに戻ってしまう。
そうしたらこの遊び場はなくなってしまう、そういう心配だったのだ。

この話を聞き、すぐに思い出したのは、阪神淡路大震災の時に聞いた子どもの言葉だった。
神戸市長田区の公園の一角に開設した遊び場には、連日大勢の子どもが遊びに来ていた。
開設したのは2月3日だったので、結構早かったのだと思う。
それから、おそらく2週間ほどした時だったと記憶している。
「ぼくね、地震があってひとつだけいいことがあったんだ。」
やはりつぶやくような言いぶりに、やはり一瞬言葉を失っていた。
長田区は最も火災が激しかったところで、まるで爆心地かと思われるほどに焼けただれていた。
民家の2階は膝丈にまでつぶれその前に花が置かれていた、そんな光景が随所にあった。
壊滅的な被害に、ひとつだけいいことって…いったい何を指したら言えるのだろうかと思った。
その後に続いて出たその子の言葉が忘れられない。
「だって、学校も塾もみんな無くなった。だからみんな行かなくていい。だから友達と遊べる」。
友達と遊ぶ、子どもにとってはごく当たり前のささいな願い。
たったそれだけを手にするために、こんなにもの大破壊が必要なのか!

復興が進む。
東日本大震災から、今月で丸5年。
徐々に表れる街の姿は、震災以前より子どもが遊びやすい街になっているとはとても思えない。



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